帰路
突然雨にうなじを打たれて、その首の感覚、これなんだっけ、と記憶を辿るうちに、自分に頭を垂れて歩くことが癖付いたことを知った。
対照に母は、毎日空を見上げながら帰路を辿っているらしい。
毎日、月が動いているのを見てるのよ、あんまりにも見上げてるから、たまにその辺のおじさんがつられて上を見たりして。
同じ道を歩いているのにこうも違うのかと、さらに首をびしゃびしゃにして歩く歩く。
眼鏡に雨水が溜まる。垂れる。涙と同じ位置に落ちる。胸に新しく染みがつく。
濡れることで知る自身の体温。温かいのか冷たいのか。
首を撫でる水は不気味な妖怪の手。
濡れた眼鏡の作るモザイク画。
いい人面するつもりはないけど、私は悪口にめっぽう弱い。
聞かなきゃいいのに敏感に察知してしまう。結局最後まで聞いてしまって、勝手にまいってしまう。
野次馬根性なのか、自分もきっと悪口を言われているに違いない、嫌だ。悔しい。怖い。そんな気持ちからなのか、とにかく悪口を聞き流せない。
きっと疲れてるんだ、そういう人もいるんだ、私の知らない苦労があるんだ。
「きっと」・「多分」・「仕方ない」
盾に使うには頼りない言葉たち。証拠に私はこんなことをぼつぼつ書いている。
ぼつぼつ、うなじに次々ぬるい雨粒が落ちきてて、つつつと落ちる水玉が幾筋もの小さな川を作るときの不快感と、でもなんとなく傘をささずに雨を浴び続けてしまうことは、私の悪口に対する向かい方と少し似ているなと思った。
せっかく雨にうなじを濡らすなら、服に染みていく水に惑いながらじゃなく、雨を纏うと決めて街を行きたい。
身体中をたたく雨粒は空からの叱咤激励だと思いたい。雨には雨のやさしさがあると思いたい。ずぶ濡れになった後の面倒臭さの中にある、少し気の抜けた爽快感とか。捨て鉢になったときにタイミングよく降ってくる、励ますような豪雨とか。
ところで、雨が不快なものだなんて誰が決めたんだっけ?
それは言わずもがな。教えられずとも皆が遍く知っていること。
(夜の俄雨に寄せて)