変わり玉記録帳

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【子供だましロマン派文学】「宿命の女」②

John Keats  “La Belle Dame Sans Merci” 後半戦

 

前の記事では、起承転結の「起」「承」までを読みました。

騎士による女性を我が物にしたいという思い(環飾り・拘束の描写より)。

騎士をどんどん魅了していく謎の美しき女性(ファム・ファタール)。

二人はこの後どうなっていくのでしょうか。

 

本文読解

 

7.

She found me roots of relish sweet,
And honey wild, and manna-dew,
And sure in language strange she said—
‘I love thee true’.
その人は、甘くおいしい根菜を見つけてくれました。
野のはちみつや、天からの恵みであるかのような露も、です。
そして、知らない国の言葉で、でしたが、間違いなくこういいました、
「あなたが好き、本当なの」。

 

 

第6連で五感を虜にした、と書きましたが、ここでは騎士の味覚に干渉しています。

そして、「知らない国の言葉」なのになぜか騎士に意味が通じている!! 

が、しかし本当に「あなたが好き」と言ったのでしょうか。

そこは定かではありません。私が習ったときには「確実でない可能性が高い」としたように思います。

なにしろ、騎士はすっかり恋に落ちて、女性は「妖精としての姿」を現し始めているので……。

 

 

She took me to her Elfin grot,
And there she wept and sighed full sore,
And there I shut her wild, wild eyes
With kisses four.

その人は、自分が住むふしぎな洞窟に連れて行ってくれました。
そして涙を流し、ひどくため息をつき、悲しんでいました。
ぼくは、心魅かれるような、人を惑わせるような、その目を閉じてあげました。
4回キスをして、です。

 

この「妖精の洞窟」grotは女性器を象徴する言葉です(英語特化の辞書なら多分出てくる)。

そこにいざなったということは男女の営みがあったということ。

さて、ここまでラブラブだったのになぜ「男を翻弄する側」の女性が泣いているのでしょうか。涙の意味するところはなんなのでしょう。

ちなみに4回キスをした理由は「脚韻をそろえるため」「両目に同じ数キスするため」と言われています。

 

そして、ここでは神話の世界も関係してきます。めちゃくちゃ興奮してタイポがすごいです。

愛と美との女神ヴィーナス/アフロディーテ(ローマ/ギリシャ神話)一度は聞いたことがあると思います。「セーラーヴィーナス」とか。キューピッド/エロース(ローマ/ギリシャ神話)のお母さんです(『神統記』では最古から存在する神とされている)。

話を戻すとこの女神は音楽・食・性を司る女神です。

詩の流れを追っていくと女性は、「歌って」「食物を与え」「性行為」に及んでいます。

美と恋愛の女神ヴィーナスの力を辿って、自分に恋慕の情を抱かせているのです。

恐ろしい女です。

そんな感じで詩を読む際は神話の知識も超重要なので予習が果てしなかったです。

 


9.
And there she lullèd me asleep,
And there I dreamed—Ah! woe betide!—
The latest dream I ever dreamt
On the cold hill side.

その人は、ぼくをなでて眠らせてくれました。
そしてぼくは、夢を見ました。ああ! あの夢に災いあれ!
それこそ、ぼくが見た最後の夢なのです。
この冷たい丘で。

 

 

夢についてかかれています。

恐ろしい夢であることは確かなようですが、そういえば先ほどは不思議な洞窟に居たはずです。なぜ冷たい丘で夢を見ているのでしょうか。

 

 

ここまでが「転」です。

クライマックス、どうなるのか。

 

10.

I saw pale kings and princes too,
Pale warriors, death-pale were they all;
They cried—‘La Belle Dame sans Merci
Hath thee in thrall!’

その夢には、青ざめた王たちが出てきました。王子たちも、です。
青ざめた戦士たちも出てきました。みんな死人のように青かった。
彼らは、こう叫んでいました、「美しくも冷たいあの貴婦人に、
君もとらえられてしまったのだ」、と。

 

 

騎士が眠りについてからの描写です。

青ざめた王や王子、戦士が続々出てきます。そういえば第1連でこの騎士も青ざめた表情で森を歩いていました。

そしてここで初めて女性はタイトルにもなっているLa Belle Dame sans Merciと呼ばれます。

「つれなき乙女」と訳しましたが、sans merciのフランス語での直訳は「情け容赦ない」です。

ここにきて初めて騎士は女性の本性とその魔性の魅力に翻弄された者たちの未来、すなわち自分の未来の未来を見ることになるのです。

 

 


11.
I saw their starved lips in the gloam,
With horrid warning gapèd wide,
And I awoke and found me here,
On the cold hill’s side.

彼らの飢えた唇が、薄あかりのなかに見えました。
恐ろしい警告を発しながら、大きく開いていました。
そうして目を覚ましたとき、ぼくはここにいました。
この冷たい丘に。

 

 

夢の中で騎士は警告を受けています。もう説明は不要でしょう。

「あの女には気を付けろ」「虜になってもう逃げられなくなるぞ」

そして夢の世界から「冷たい丘」現実に引き戻されます。

 

ちなみに「妖精の洞窟」が丘の中腹にあるのにもれっきとした意味があります。

丘をさらに上にいった頂点は、神の世界だとされていました。人間の世界は一番低いところにあります。では妖精はどういう立場なのでしょう。

人間よりは霊的な力を持つけれど神のそれほどではない。だから丘の「中腹」真ん中に住むのです。

神を信仰するうえで妖精の存在(神以外の信仰の対象)はちょっと面倒な位置にいたのです

 


12.
And this is why I sojourn here,
Alone and palely loitering,
Though the sedge is withered from the lake,
And no birds sing
.

だから、ぼくはここにいるのです。
ひとり、青ざめた顔で、さまよっているのです。
湖の草は枯れ、
歌う鳥もいない、こんなところで……。

 

 

さて夢から覚めて夢の中の王族や戦士たちとは違い、現実に戻ってきた騎士。

しかし様子がおかしい。

まだ森の中をさまよっている!! 

現実に戻ってきてもなお、女性=妖精=ファム・ファタールの虜になり、彼女を探し求めているのです。青ざめた顔で。

そしてこの連、第1連とほぼ同じです(太字)。

でも騎士はいま自分のいる世界が夢の世界ではなく現実であることを理解しています。

決め手は第1連にはないThough。上の役には反映されていませんが「草は枯れているのに/けれど/かかわらず」この部分が現実と夢の荒涼とした様子をつないだのです。

途中までは妖精の魔法であんなに楽しく過ごしていたのに、もうその夢を見ることは叶わなくなってしまったことが窺えます。

そして同じ分の繰り返しは、見た目通り物語の繰り返しを意味します。

(いつの時代も)繰り返し起こること、そういった意味を持たせています。

 

 

これが「結」です。

さあ、妖精はどこに行ってしまったのでしょう。

物語の内容から推測するに、一度夢を見たものは姿を追い求めることはすれど、おそらく二度目の逢瀬は叶わなかったのではないと考えています。

けれども森で青ざめた顔をして探し求める、最初に戻ってしまうのです。違うところは「一度経験をしてしまったこと」

しかしその魔力に魅了されてしまったから、一心に探し続ける。そのなれの果てが第10,11連で登場した王族なのでは、と。

 

まとめ

この最初は盛り上がって、後半から物語の展開がだんだん下降していく/非現実→現実の引き戻しはKeatsの詩の特徴でもあります。

別の作品ですが最初は色彩豊かだった描写がどんどんモノクロームになっていく、など。

ただ、今回はballad、伝承・昔からの言い伝えをもとにしているので、そういった技巧は施されていないと考えるのが妥当かもしれません。

ほかの詩だとわかりやすいのですが……。

 

そんな感じで”La Belle Dame Sans Merci” についてのあれこれが終わりました。

いまでも曲にのせて歌い継がれている作品です。

 

個人的には、現実界の色のない冬の荒涼とした大地と、妖精とのやりとりの甘やかさや美しさなど色付きで想像できる部分を対比してみると面白いのではないかと思っています。

また、「涙を流し、ひどくため息をつき、悲しんでいました。」という、どうしても男性を不幸な身の上にしてしまう「宿命」を背負った女性(妖精)の悲しみ。そこにあるのは男性を失う悲しみなのでしょうか。それとも己の身の上を呪う気持ちなのでしょうか。

 

そういえば、Keatsのほかの作品に出てくる神未満人間以上、霊的存在である「宿命の女」は人間の美青年に恋をして、神と取引をして美女の姿を得ます。その後、無事に恋した男性と結ばれるのですが……。

 

これ以上はネタバレにつながるのでなにか別の機会があれば。

 

詩の引用元:https://en.wikipedia.org/wiki/La_Belle_Dame_sans_Merci

訳の引用元:https://blog.goo.ne.jp/gtgsh/e/730d3698115cfafb91987bb0c1fa42ab