盲腸日記②
腹痛を適当にやり過ごそうとして失敗し、焦って妊娠を疑った末、救急搬送されるまでが前回。
結局、「皮下脂肪の厚い」私は腹腔鏡手術を選択した。今日はもう手術の予定がパンパンとのことで、手術は翌日の午後、3~5日の入院を余儀なくされた。
母は最初ストレス性胃炎での搬送かと思い、またこいつは社会でやっていけなかったのか……、と思ったそうだがお医者さんの話を聞いて
「盲腸でよかったね!!」
と明るい感じで言っていた。
そして第2の試練はここでやって来る。
「入院に必要なもの部屋から持って来るから鍵貸して」
ああああああ~~!!!
ああああああ~~!!!
私の部屋はその日退勤後掃除機をかける予定だったので今超絶汚い。
それよりも。
一人暮らしなのに洗面台に歯ブラシが2本鎮座ましましている。
そして机の上にはさっき投げ捨てた妊娠検査薬の箱がある
常備薬をストックしてある棚には、男女が夜仲睦まじく過ごすために欠かせないアイテムがしまってある。
男の影どころか、頻繁にではないものの、一人暮らしをして、男と全力でエンジョイしちゃってることがモロバレする部屋になっているのだ。
しかも仕送り生活にも関わらず、必要最低限以上の物を買ってしまったこともばれてしまう。
母が最も忌み嫌う私の浪費癖まで明るみに出てしまうのだ。
避けたい。母が部屋に入ることだけは避けたい。
さっきまで呻いていたのに、
「私が部屋に戻るのはダメなんですか!?!?!?」
と懇願する私。
「お母さんいるならやめたほうがいいですね」
と一刀両断する医師。
ああ~~もう死んだわあ~~。
と余計にぐったりしながら全てを諦めて病室へと運ばれた。
点滴の針を刺される頃には、(もう諦めよう、この歳だもの、男がいたっていいじゃない。ちゃんと不幸な命が宿らないよう自衛してるんだからいいじゃない。浪費を怒られるのは……仕方がない)と痛む腹を括って母を待っていた。
土砂降りの中母が戻ってきたのは22時頃。まず浪費を怒られて、適当に持ってきたわよ、という洗面用具の中には私のものではない歯ブラシが入っていた。
そこからは1人で夜を過ごす。前の前の記事に書いた「独り身気分」満喫中だが、流石に入退院を黙っているのは……と思い、盲腸になり、手術をする旨と過激な腹痛をつわりと勘違いしたことをネタ的に挟み込んだ連絡をしたら、「電車の中で笑わせるな」と返ってきた。
いやいや、もし陽性反応出てたらあんた父ちゃんだよ? と思いつつスマホを置いた。
ちなみに誰に話してもこの妊娠検査薬事件はウケるので、飲み会等ではもっと詳細にかつドラマチックに披露して行く所存である。
腹にいたのは脂肪と腫れた盲腸だったよ。
心配性なのか度胸があるのか分からない私だが(入院かぁ~~、どんな感じなんだろ~~、痛え~~、明日手術か~~、痛え~~、全身麻酔かぁ~~、痛え~~)と割と呑気に捉えていつも通りTwitterいじりに興じながら寝た。
翌朝、14時から手術です、と告げられる。母に連絡。いるものはあるか? と訊かれるも、もう二度と部屋に入ってほしくない。
しかし何もいらないと言うのも親切心を無碍にするしなあ~~、と悩んだ挙句、実家にある本3冊をリクエストしてその場をしのいだ。
いざオペ。撮影中の女優さんのようにほぼ裸に手術着で移動。時々乳がポロリしそうになりながら手術室へ。
(なんですげえぼろい上に暗いところで光る刺繍のあるパンツ穿いてきちゃったんだろう……)と後悔しながらガラガラと運ばれていく。
いざ手術台へ。物々しい雰囲気なのだろうかと思っていたら違った。
手術室は、担当医セレクトなのかなんなのかよく分からないけど、とにかくアゲアゲな洋楽EDMがかかっていた。しかもたまに混ざってくる邦楽の「……君の腰つき~~♪」というフレーズが頭の中をエンドレスリピートする。
えっ、こんなノリノリかつちょっと不埒な感じで私の盲腸取られちゃうの? 絶対術後この曲名ググってやるからなと、私の持ち得る記憶力を総動員して歌詞を暗記した。
そうこうしているうちに「麻酔かけますよー」との声。私は麻酔ってスッ……と本人も気がつかないうちに眠っているものだと思ったが違った。
あれめっちゃ苦しい。
落ちてしまえば何されてもわからないんだけども、その前。息吸えなくなってめっちゃむせるし、ゼーゼーヒューヒュー言いながら酸素吸入器をパコッとはめられて、気がついたらもう元のベッドに戻っていた。
あと盲腸の手術=陰毛剃毛だと思っていたが、医学の進歩のおかげか、私が女であり剃るほどの毛量がなかったのか、術後そっと股間に手をやったら術前と変わらない感触がそこにあった。
一応立ち会ってくれた母は盲腸を見たらしいが「なんだか赤くてよくわかんない塊」と評していた。
私も見たかった、マイ盲腸。生まれてから今までずっと一緒だったのに一度も姿を見ることもなく取り去られていったマイ盲腸。グッバイ、マイ盲腸。
そこからは4時間安静と聞いていて、術前はつまんないなーと思っていたが、術後は(いや、もう8時間くらい安静でいいです、腹めっちゃ痛いっす、伊達に内臓取ってないっすね)と完全に腹の切り傷の痛みにぐったりしていた。
心電図と血の巡りを良くする機械、酸素吸入器、点滴をつけたまま4時間。
4時間過ぎたら立ってトイレ行ってもいいよー、とのことだったが私には無理だった。看護師さんに支えられるも、腹筋に力が入った時点で崩れ落ち、初日はもう恥などかなぐり捨ててベッドの上での排泄することにした。
最後のおもらしは小学3年生、その時でさえかなり屈辱的だったのに、そこから10年以上が経っている。
もう大人なので、止むを得ない事情でのベッド上の排泄は悪いことではない、とわかっていても、その10年で得た常識とモラルが私の尿道をがっちり塞ぐ。
(あなたは悪くない、むしろスムーズにおしっこをしない方が迷惑をかけるの……さあ、力を抜いて……)
ぶっちゃけ排尿 on マイベッドは想像を超えた背徳感を覚える気持ち良さだった。
これを癖にしてはならない。おむつプレイ常習者になってしまう、早く自力でトイレに行こうと誓った。
でもやっぱり痛みに負けてその後3回ぐらいベッドにて排尿した。
看護師さん、お仕事とはいえ排泄物と汚い陰部を見せてしまってごめんなさい。
そんなことを思いながらまた眠りについた。
翌朝体温、血圧その他諸々の検査を終え、しばらくぽえーっとしていると、執刀してくれたアゲアゲ先生がきて
「調子どう?」
と爽やかに尋ねてきた。
「痛いっす」
「まあ痛み止め効いてくれば結構動けるようになるから、今日からはたくさん歩いてね」
ちなみに手術前日と当日、翌日? までは絶食であった。栄養は点滴からしか取っていないので力も湧いてこない。
そんなご無体な……あなたは私に死ねというのですか。咳もできないのに、歩いてトイレに行けと??
絶望感に包まれながら、(この身体はいつ元気になるのやら……)休んでいる今この瞬間もお給料は削られていく……。と自分の悲しみに追い打ちをかけながらベッドに横たわっていた。