盲腸日記①
その日は突然やってくる。
無意識化で入院なんて他人事、と思っていた私にとっては衝撃的な出来事であった。
その日は普段通り出勤し、仕事を進めながら何度かトイレに立っていた。ここ最近トイレが近く下し気味だったが、すっかり慣れきってしまい、(トイレでサボってるって思われたらやだなあ~~)とか思いながらデスクに向かっていた。
しかし何かがおかしい、お腹が痛い。なんか下っ腹とか胃の周りとかそんなんでなく、「お腹全部痛い」というふうに痛みが広がってきてしまったのだ。
(冷房に当たりすぎたせいかなあ)とやはりお気楽に考えながら、ちょっとくねっとした姿勢で仕事を続ける。
どんどん勢力を増す痛み。
どんどんくねっとなる私。
トイレに行っても下すばかりでスッキリしない。
上長に申し出て、申し訳ないけれど胃薬と下痢止めを買いに行った。
それらを服用してまたデスクに戻る。
下痢、やや改善。痛み、悪化
薬仕事しろ、と思いつつ、もう2錠「追い胃薬」する。なんの変化もないっていうか、悪化するばかりである、デスクの前でぐねっとしながらキリのいいところまで仕上げて
「腹痛のためトイレにいます」とパソコンに付箋を貼り、もうなりふり構わない、トイレに寝転んで回復を待つ。回復を待つ。回復を待つ……。
「あ、これダメなやつだわ」
と気付いて早退させてもらいタクシーと電車を使いながら自宅へ。路上でうずくまっていたら通りすがりの人たちがお水をくれ、タクシーを拾ってくれた。
まだまだ捨てたもんじゃないぜ東京日本。
しかし痛いものは痛い。自宅に帰るなり着替えて寝転がるも痛い。
その時私の頭によぎったのは
(初期のつわりだったらどうしよう)
ということである。冷静になった今だから言えるが、つわりが起こる可能性は私のバイオリズム的にも、様々な事情的にも、絶対にない。
しかしパニックになった人間はそんなことを考えられない。ヨロヨロになりながら念のため買っておいた検査薬で己の身に新しい命が宿ってしまっていないかを確認し、ベッドに戻った。
もちろん子供はいなかった。ちょっとホッとして、検査薬の箱をぶん投げ、横になる。
寝ればどうにかなるだろう……と思ったけど甘かった。人生で一番と言っても過言ではない腹痛、とめどない下痢と汗。
(これ動けなくなってからじゃ遅いな)
とやっと正常な判断が下せるようになり、救急相談に連絡、晴れて? 搬送となった。救急車の中で
「妊娠の可能性はないですか」と質問された時には力強く
「ないです!」と答えた。
この頃には内臓を全部圧縮して捻るような痛みが断続的に続いており、年甲斐もなく、病院の簡易ベッドで呻いていた。
うううう、だの、いぃーっ、あーっっ!と妊婦かAV女優顔負けの声を上げながら様々な検査をこなし、痛み始めてから約8時間、やっとこの痛みの正体は「盲腸」であることがわかった。
我慢せず救急車呼んでおいてよかった……。
夕方になり仕事終わりの母が来るはずが、その日は未曾有の大雨と雷で交通機関は麻痺、つくづくタイミング悪いな~~人生。
もう外が暗くなってから母到着。
その頃には救急の先生から外科の先生にパスされていた。救急の先生が
「頑張った頑張った」と肩を叩いてくれた時ちょっと泣いた。
外科の先生は諸々のデータを見るなり、
「盲腸ですね、こういう天気が不安定な時って盲腸の人やたら来るんですよ」
と盲腸トリビアを披露しながら、診断を下し、今後の処置について話し始めた。
・薬で痛みを散らす→再発の恐れあり
・昔ながらの方法で切る→傷が大きく残る
・腹腔鏡手術→傷が小さいし、現在主流のため先生方も慣れている、それに「皮下脂肪が結構厚い」ためこちらがおススメとのこと。
!!!今さらっとデブって言った!!知ってるけど!!医学的にデブって言った!!!とショックを受けつつ、入院期間は同じだというので、腹腔鏡手術を選択したのだが、これが後々私を苦しめることを、その時の私は知る由もなかった。