変わり玉記録帳

日記・文章を載せる場所。個人文章道場も兼ねる。脳みそ断片保管庫宇宙本部。

「春の絵画 -こいびとのはなしー」(課題作文)

まず前提として。

・今就職活動の真っ最中です

・今お付き合いしている人がいます

・ある会社を受ける際に提出した課題作文に加筆修正したものです

・あるテーマが設定されていたのでそれに基づいて書いた作文です

 

それを踏まえてどーぞ

 

 

 脳みその全部位が過去のあらゆるデータを参照しまくっていた。映像、音声、匂い。「何処にも見当たらない!」頭の中は空き巣に入られたかのような散らかりようだ。めくられ過ぎてよれている辞書が散乱した言語野は、とっくに働くのを止めていた。要はパニックを起こしたのである。ついさっきまで、のんびりと一人夜桜鑑賞なんぞをしていたのに。何故そんなことになったのか。それは忘れもしない、二〇一四年四月、都内某公園に於いて、人生で初めての告白を受けたからだ。――しかもその人は、私がずっと密やかに思いを寄せていた人だった。

 

 電話で思いを告げられてからどれだけの時間が経ったかわからない。憶えているのは、ちょっと豪華なデザイン切手のような、ふちありの世界がそこにあったこと。周囲の音は消え、見物人を失ってもなお、今こそ盛りと香っていた桜の匂いすら失せて、全ての景色が止まって見えていた。そしてなんとかひり出した言葉、

 「奇遇ですね、私もです。」

の一言、その二つのみである。

 

 何故だか泣いていた。不思議なことにそれに合わせて電話越しのくぐもった声が戻ってきた。私の口も動き出す、言語野復活。彼らが得た情報によると、先程まで一緒にわいわいやっていた、お花見仲間の一人であるバイトの先輩が、私の恋人になるらしい。しかもその先輩は一度終電で帰宅したにも拘らず、私のいる公園までやって来るとのことだった。

 

 「恋人」を待つ、なんとなくお揃いのお茶を買ってみる、集合場所はボート乗り場だ。むず痒い。体中が恥ずかしがっている。脈拍の上昇、頬の紅潮、ふるえ等が嫌でも私にそれを伝えてくる。「恋人」の到着を待ちながら、ゼミでのこんな話を思い出していた。頭にぼんやり浮かぶ教授の姿。 「何かが動く・進むときには必ず速さが生まれるよね。だって速さは時間あたりにものがどれだけ動くか・進んだかを表したものでしょ、ここまでいいかな?当たり前だけど絵は動かない。どんなに素晴らしいものも描かれてしまったが最後、時が止められてしまった以上その絵の『この先』はないんだ。時間の概念から解かれるんだよ。時の流れや五感はね、生きて動くものの特権であり、苦しみのもとにもなりうるもので……まあ絵画は永遠にその素晴らしい姿を留めておける、ともいえるけどね。写真もそうで……」

 

ああ、私を取り巻くすべてのものが、音が止まった時、私は確かに、時間から切り離された春の絵画に描かれたのだと。そして五感を取り戻した瞬間私は静物ではなくなり、時間のある世界に戻ってきたのだ。だって涙はきちんと「流れた」のだから。

 

 そう思いかけた時に声が聞こえた。耳に届いたのは紛れもない、私の名前。もう完全に時間を取り戻した。夜風がざわざわと音を鳴らす。土の匂いを含んだ空気が体を撫でる。木々生い茂る真っ暗闇の中、「この先」に思いを馳せつつ、優しい声のする方へそろりそろりと近づいていくのであった。